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楽観バイアスの落とし穴

ここに毎日新聞の世論調査があります。
日本に住む多くの人たちは、チャンスは平等にあるとは思ってないし、
10年後に日本が住みやすい国になっているとは想像していない。
一方で、おおむね生活に満足しているし、幸福であるという。

こんな風に想像してみましょう。
もうすぐ人生を終えようとするお年寄りが、
人生を振り返って「自分は幸福だった」と思う。
これはとてもわかりやすいですね。
もう残された時間も少ないし、振り返った時、
どこかで自分の人生を肯定して終えたいと思う。

いまの社会調査に現れている感情は、これに近いと思うんです。
つまり、将来は悪くなるだけであり、希望はない。
だったら、せめていまはいいと思っていたいということでしょう。

僕がまだ若かったときは、未来が良くなるというイメージがありました。
20代なら10年後、30歳を過ぎた頃には
社会にでて収入もそれなりにあるだろうな、
結婚もしているだろう、という「物語」が共有されていました。

でも、そんな物語はすっかりなくなってしまった。物語不在の時代です。
未来は暗い、というより悲惨なイメージしかない。
それでも楽観的にみえるのはなぜか?

アメリカのある町で、鉱山で長く働いていた父親を、
アスベスト(石綿)が原因で亡くした女性がいる。
彼女は、ほかにもアスベストが原因で亡くなった人がいることを突きとめ、
父を雇っていた会社を相手取って、人々の健康を守れ、と訴えた。

町の人々は鉱山で働いている人もたくさんいる。
だから、味方をしてくれるだろうと彼女は思った。
しかし、町の人たちはまったく非協力的だったんです。
それどころか、その会社に雇われ鉱山で働くことに、
彼らは深く感謝していた。
他に産業もない町に雇用をうんでくれた、と。
それを批判する彼女が許せなかったんです。

鉱山や自分たちの健康は安全である、というような人たちもでてきた。
つまり「鉱山は安全である」と信じているように、ふるまいはじめたんです。

原発の「安全神話」とも似ていると思いませんか?
途方もないリスクを前に、ひとはどう行動するのか?

アメリカ(の鉱山の町)でも似たような事例が観察できる。
彼らは、アスベストは安全であることを微塵も疑っていないようにみえるし、
現にアスベストの危険性を訴える運動は、強く攻撃されていた。

この補助線からわかるのは「途方もないリスクがある」と
暗黙のうちに共有されている社会で、人々はどう行動するかです。

彼らのふるまいはとても逆説的ですね。
あたかも、リスクそのものがないかのようにふるまい、
自分は石綿症ではない、と根拠もないのに楽観的に思ってしまうのだから。
そして、もう一つの逆説は、楽観的に思うことで、
かえって悲劇的な結末を招いてしまうことです。

アスベストの問題でいえば、人々が楽観的にならず、
彼女と一緒に立ち上がれば、打てる対策はあったかもしれない。
よりましな未来があったかもしれない。でも、しなかった。

いま、日本社会が感じているのも、
将来のリスクにどう対処していいのかわからないことの裏返しでしょう。
より破滅的なシナリオを招くことの前ぶれ、と捉えることもできますし、
より大きな変化を求める前兆ともいえます。


■日本の「閉塞感」が2017年の希望になる理由とは?
by石戸諭 BuzzFeed News より抜粋編集
https://www.buzzfeed.com/jp/satoruishido/osawa-masachi?utm_term=.yaWzpBvGB#.kdJQl9mX9


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Author:Nada
オカルト・陰謀論・不思議などに興味があります。主にD.アイク氏、無明庵EO氏などに影響を受けてます。
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