記事一覧

「神に選ばれた者」について

「選ばれた者」というと運がよくて特別で
他の凡人より偉いエリート的存在
みたいなイメージありますが

一体誰が何のためにその人間を選んだのか?
神が人々を導くためと信者は言うでしょう
でもその実は

人間が作物の間引きをして、育ちのいいものだけを選んで残したり
自分達に都合の良い菌だけを選び取って培養して利用するのと同じ
つまり神とやらにとって都合の良い「使える駒」となる人間が
「選民」「選ばれた者」となるのです。

たとえば思い込みが激しく、文才があり、英雄願望がある人間。
チャネリングでそれらしいインスピレーションを与えてやれば
神のメッセージを受け取ったと思い込み
先導者となって人々を導かなければならないと使命感に燃え
本を書き、布教活動に勤しみ、
その神の思想を広めるのに尽力してくれるでしょう。

選ばれた者とは、そのような思想を広めたい神にとっての
都合の良い使える駒、利用価値のある人材であって
会社が「使える人材」を欲しがるのと何も変わりありません。


似たような話で「救済の対象となる者」について。

何か大きな天変地異が起こって、人類が絶滅の危機の時
それを救う力を持つ上位存在にとって
救済の対象となる人間とは

熱心に祈りを捧げた者か?
特別な能力や才能を持つ者か?
波動が高く、愛ある者か?
自己犠牲・利他ができる者か?
従順な駒として使える者か?

ノアの洪水の神話で救済対象として選ばれた
ノアという老人を見れば答えが分かります。
ノアは敬虔な信者で神の言うことをよく聞き、
方舟を作り、動物達を集めてきて乗せ
洪水から避難するという神に与えら得た試練を見事にこなしました。
それだけの頭の良さや能力、精神力も備えていました。

つまり神の望みどおりのことをこなせるだけの能力を持ち、
言われたとおりに動く、決して反抗しない従順な人間(駒)です。
どの上位存在にとってもそれは同じで
使えない駒は不要、熱心に祈りを捧げただけでは救われません。

救われたとしても、それは神(上位存在)に愛されてるからではなく
使える駒だからです。本当に愛されていたなら
祈れとか信じろとか修行だとか、試練だとかそんなものは与えないし
こんな牢獄(地球)に放置しておかないはずです。

そしていざ使える駒認定されて、救われたとしても
用済みになればその魂は、その宗教の信念体系に
養分として吸収されるという末路を辿ります。


「選ばれた者」「救済の対象となる者」がどういうものか
その実を知れば、それになるために日々修行したり
努力したりすることがアホらしくなってきませんか?
私達人間はそんな修行をするために
生まれてきたわけではないと私は信じています。

関連記事

フリーエリア

検索フォーム

フリーエリア

プロフィール

Nada

Author:Nada
オカルト・陰謀論・不思議などに興味があります。主にD.アイク氏、無明庵EO氏などに影響を受けてます。
個人ブログhttp://blog.livedoor.jp/siest/

フリーエリア2