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幽界(低層4次元)で起こっていること

いま、何が起きているのだろうか?
それは(生命という)神々の戦争である。
たったいま、あなた方は地球上のあらゆるところでそれを目にしているわけだ。
「私の神(宗教、イデオロギー、信念、主義、主張)は
あなたの「神」より優れている。
もし私に受け入れて欲しければ、私の「神」を信じなければならない」と。

ではそうした神々の戦争は、いったいどこで繰り広げられているのだろうか?
それは地球上ではない。ある意味、地球にいる人間たちは、
こうした「地球に近い領域」幽界で行なわれている神々の戦争の操り人形であり、
そこが本物の闘いが行なわれている場所である。

「では地球に近い領域」とはどこにあるのだろうか?
それは物理的惑星である地球に近接した、エネルギー的な次元にある
そこは非物質的な場所でありながら、地球と密接な関係にあり、
それは地球を取り囲むように存在しており、そこには実に数多くの層がある。

地球の始まり、あるいは地球上に人間がやって来た当初は、
実はそうした「地球に近い領域」は存在していなかった。
しかし意識体(魂・霊)が肉体に転生し始め、肉体が死ぬようになると、
人間は死んだときに地球の体験を手放したくないと思うようになった。
その結果、私たちが「地球に近い領域」と呼んでいる、
この領域(幽界)に行くことにしたのである。

その場所はあなた方の多くが、転生と転生の間に行ったことのある場所で、
ほとんどの人間が死後に行く領域だ。彼らはそこに着いてからも、
物理的地球にいた時に信じていたことを、引き続き行ない、体験し続ける。
それはこれまでの非常に長い期間、それこそ気が遠くなるほど
無数の人間たちの転生が繰り返されてきたことから、
この「地球に近い領域」の場所が
いかに混雑を極めているかが、想像できようというものだ。

たとえばあなたが仏陀を信仰していて、
死後(幽界という)「地球に近い領域」に行くと、
あなたはそこで念仏を唱えたり、仏陀を崇拝したりし続けるかもしれない。

イエスを崇拝している人たちも同じである。
おそらく死んだ後「地球に近い領域」にある、
救世主イエスを崇拝できる場所に行くだろう。
実際そこには非常に多くの者たちがイエスを待っており、
キリストの再臨の実現を待っている。

しかし、あなたがイエスに会うことはまずないだろう。
なぜならあなたが死後に「地球に近い領域」(幽界)に、
なぜ行くことになるかと言えば、すなわち自分という人間には
そんなに価値があるとは思っていないからなのだ。
つまり、自分を愛し、自分には価値があるのでそれに値すると思っているならば、
あなたはそこ幽界には行かず、どこか別の場所にいるはずだからだである。

もしかするとあなたは、自分の子どもたちや
愛する人に対してしてきた自らの態度に、
後悔や悲しみを感じているかもしれない。
するとあなたは「地球に近い領域」(幽界)に居座り、
地球にいる家族を導き助けなければと思うだろう。
そして結局この罪悪感が、あなたを彼らに、この惑星に結びつけることになる。

人間は死ぬとほとんどの場合、別の領域(この場合は幽界)に行った後も、
それまで信じていた宗教的信念を行ない続けるものだ。
しかも「地球に近い領域」(低層4次元の幽界)では、
狂信的な人々は未だに自分たちのグループへ他の存在たちを勧誘すらしており、
それはまさに肉体を持っていた時の地球での行動そのままだ。


「地球に近い領域」(幽界)で起きているエネルギー的戦闘では、
宗教の一派が別の宗教の一派と戦う。
その勢いを維持し、エネルギーを高めるために、
彼らは地球上のある宗教的支配者集団と繋がる。
すなわち、それが、たとえばキリスト教会だ。
そして地球のこうした組織は、「地球に近い領域」にいるグループにとっての
エネルギーセンターとなり、エネルギーの接続点となる。
(キリスト教会の尖塔はアンテナの役目をしており、
信者のエネルギーはこれを通して幽界に送られると言われている)

こうした神々の戦争は、本来多くの宗教が含んでいるはずの愛や霊性は存在しない。
それは人間によって作られた神を崇拝する手段でしかない。
そもそも神は崇拝を求めることもなければ、される必要もない。

そして宗教こそが、人間をコントロールするために
一番手っ取り早く、効果的なやり方なのである。
それが現在の地球上でこれまで行なわれてきたことであり、
今も行なわれている強力な催眠を与える方法なのだ。

そしてあなた方も初期の段階では、あなた独自の神々の体験をしたことがある。
つまり、何を信じ、何を信じるべきでないか、
あるいは公正さ、自らの判断について、内なる独自の闘争をくぐり抜けてきた。
それは自分の良心と判断の元に、何が正しく、何が間違っているか、
何が光で何が闇なのかについてであり、
このようにして多くの心の葛藤を通して自分自身と闘って来た。

神についての答えを、さまざまな宗教組織や教会を通して見出すことは決してない。
答えは常に内側からやって来る。
答えとは「アイ・アム・ザット・アイ・アム」(私は私である)であり、
それは解釈を超えたものである。つまり、悟りを誰かから、
あるいは何か他のものから得ることはあり得ないということである。


■アダマス・セント・ジャーメインからのメッセージ
『神性を生きる』ジェフリー・ホップ、リンダ・ホップ著
ナチュラルスピリット
「地球に近い領域」幽界では今何が起きているか/zeraniumの掲示板
http://8729-13.cocolog-nifty.com/blog/2018/04/post-b115.html より抜粋編集


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Nada

Author:Nada
オカルト・陰謀論・不思議などに興味があります。主にD.アイク氏、無明庵EO氏などに影響を受けてます。
個人ブログhttp://blog.livedoor.jp/siest/

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