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ネギと人間2

ネギと人間1の続き。使い捨てポイされるネギから
脱却する方法(ドン・ファン流)です↓↓↓

われわれには、この貪欲な捕食者に対してなすすべはないのだろうか?

「唯一人間に残された別の手段は修練だ。」
「修練によって意識の光る上着を飛ぶ者の口に合わなくするのだ」
捕食者どもがしばらくでもわれわれの意識の光る上着を食べるのをやめると、
意識の光る上着は成長をつづける。いったん足指のたかさを超えると、
それは本来の大きさにまで成長していく。
古代メキシコの呪術師たちはよく言ったものだ。
意識の光る上着は木みたいなものだ、とな。
剪定しないでおけば、高さも横幅も本来の大きさに成長する。
意識が足指よりも高いレベルに達すると、
とてつもなく素晴らしい知覚作用が当たり前のものになる。」
(P279-280)

ドン・ファン・マトゥスの言及する捕食者は、
人間が足指のへりだけ残った光る上着と
自分達の与えた不安な心の葛藤から生じる、
内省という名の終わりなき心のおしゃべりによって生成される
まやかしの疑似的意識のエネルギーを食料とする。

そこでこのような内的なおしゃべりである内省を、
メキシコの呪術師たちは意図的に中断させることにより
疑似的意識のエネルギーの生成をストップさせ、
捕食者をまず寄せつけないようにするのだという。
そしてその間も光る意識の上着は自動的に成長するので
それが全身を覆うまで気長に待つわけである。

「呪術師たちは捕食者がわれわれに信念体系や
善悪の観念や社会的慣行を与えたのだと信じている。
成功や失敗へのわれわれの希望と期待と夢を仕組んだのは、
やつらなのだ。やつらがわれわれに強欲と貪婪と臆病とを与えたのだ。
われわれを自己満足におちいらせ、型にはまった行動をとらせ、
極端に自己中心的にさせているのが、やつら捕食者どもなのだ」
(P274)

蛇足だが、このカスタネダの捕食者の描写の意義を反転させれば、
捕食者の対極にいる者がどういう人間なのか理解できることになる。
成功や失敗を平等のものとみなすよう教え、
人の幻想である期待や夢を破壊し、無欲と恬淡と勇気を与え、
自己満足を粉砕し、極端な自己中心性を打ち砕く者こそが、
捕食者の対極にいる者としての真実のグルであると演繹できるであろう。
これに当て嵌まらない教師は、ナラマトリックスを仕掛ける洗脳者であり、
卑劣なエネルギーの捕食者のたぐいに過ぎないわけだ。


◆『パーシュパタスートラム(獣主派経典)』を読む 第2章 第23節
https://ameblo.jp/zaiva0925/entry-12259222725.html より抜粋編集


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Nada

Author:Nada
オカルト・陰謀論・不思議などに興味があります。主にD.アイク氏、無明庵EO氏などに影響を受けてます。
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