記事一覧

古代核戦争の痕跡1

人類史上初めての原爆実験が米ニューメキシコで行われた時、
爆発の高熱に晒された砂漠の砂は、
溶解して緑色のガラスのように変化したという。
それは砂が一瞬の高熱によって熱せられて溶解し、
そのままの姿で固形化するためである。

しかし、この実験結果に注目したのは以外にもある考古学者達だった。
それまで数年に渡って、約8000年前のユーフラテスの遺跡を
掘削していた彼らが到達したのは奇妙な地層だった。
それはまるで古代に核戦争があった事を示唆するような、
緑色に溶解したガラスの地層だったからである。

原爆実験のような大きな爆発によって、砂に含まれるシリコンが溶解し、
緑色のガラスに変色して地表を覆う事は良く知られた事実である。
しかし、そうしたガラスがおよそ現代的な核実験からほど遠い
世界中の古代の地層から発見された場合、
それは一体何を意味するのだろうか。

ancient_nuclear2.jpg

ある科学者は言う。それらのガラスは古代において核戦争、
あるいは核実験が行われた証拠に違いないと。
これは到底信じられない理論である。しかし、
緑色のガラスが地層から現れた事は紛れもない事実なのである。

では一体何故そのような自然に発生しがたい地層が発見されたのだろうか。
一つには砂漠への落雷がそうした溶解ガラスを作る事は知られている。
しかし、気象学者の見解ではそうして出来た岩は
常に木の根のような形をを作るという。
このような石は専門的にはフルグライト(閃電岩)と呼ばれ、
確かに管状にねじれた独特な形を作るのである。

しかし例えそうした落雷が起こったとしても砂漠を覆う程の規模に渡って
砂を焼き尽くすなどという事は到底考えられないだろう。
そのため、落雷説が原因というのはおそらく間違いであると言える。

またその他には隕石衝突説が挙げられるが、
そうしたガラスが発見された地層から一切のクレーター(隕石墜落の痕)
が発見されない為、隕石が原因であるとも考えにくいのである。


アフリカ開発のために砂漠を横断していたアメリカの一団が、
未開地へと向かう道中に遭遇したのは、見渡す限り続く、
緑がかったガラスに覆われた広大な砂漠だった。
それから数十年後、一団の一人だったブラッド・スティガーは
人類史上初めての原爆実験が行われた砂漠を歩き、
その光景を見て確信した。それは彼が50年前に
あのアフリカの砂漠で見たものと全く同じ光景だったのである。

リビアの砂漠では、南北に130km×東西に50kmの卵型のエリアに
散布する形で半透明黄緑色のガラスが多量に発見されている。
現在では科学者の間ではこれらのガラスは
隕石衝突によるものだとされているが、そこから隕石やクレーターは
一つたりとも発見されていないのだ。


◆モヘンジョダロ遺跡の謎

ancient_nuclear4.jpg

古代核戦争を示唆する遺跡として最も有名なものとして
パキスタン南部に位置するハラッパ遺跡、モヘンジョダロ遺跡がある。
この遺跡は1921年に発掘され、その遺跡中の路地だった場所から
たくさんの奇妙な人骨群(46体)が発見されたことから
「モヘンジョダロ(死の丘)」と命名されている。
遺跡から発見された人骨群は互いに手をつなぎ合い、
埋葬されることなく、ただ路地に横たわっていたのである。
それはまるで、そこで一瞬にして多くの人が
命を落としたとしか思えないような、異様な光景だったのだ。

そして調査の結果、人骨群はおそらく
紀元前2300年〜2500年前のものであると断定されたが、
一体何がこのような異常な光景を作り出したのかという答えは
とうとう得られていないままである。

また人骨群には時間をかけて腐ったような形跡や、
野生動物に肉を食べられたような痕もないため、
発掘に当たったハーグリーブズ博士も
「ただ一瞬にして集団が異常な死を迎えたとしか思えない」
とその印象を語っている。

ancient_nuclear3.jpg

また同遺跡では、後に調査に当たったロシアの科学者が
人骨群の一部から通常の50倍に上る放射能を検出し、
更に町の壁からは過去に異常な量の熱を一瞬にして浴びたような形跡、
そして多量のガラス片(瞬間的な高熱を浴び、溶解した状態のまま
固形化した物質)が発見されたため、まるで核爆発が
行われたとしか思えないような異様な雰囲気を発しているのである。

しかし同地域には火山もないため、そうした町を一瞬で焼き尽くす程の
高熱が一体何によって作られたのか、謎は深まるばかりである。

また発見された人骨群は炭素年代測定法によって
紀元前2500年頃のものであると判明したが、
放射能を浴びていた場合、判別結果に影響を及ぼす為、
おそらくはもっと古いものであると考える事もできるだろう。

そして更に、インドのボンベイ付近からは
大量のクレーター跡も発見されている。最大のものは
直径凡そ2.1kmに上るもので、年代は約5万年前に遡るという。


しかし奇妙な事に同クレーター付近からは原因となるべき隕石自体は
一切発見されず、巨大なクレーターのみがそこに残っているのだ。
調査によれば、そのクレーターを作った衝撃は
おそらく600,000気圧という凄まじいものであり、更に同クレーターからは
モヘンジョダロを始めとする一連の遺跡と同じように、ガラス質の地表、
そして「瞬間的な高熱」の跡が発見されているのである。

古代インドの2大叙事詩「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」に
描かれる神々の戦争のシーンには、まるで核兵器であるかのような
強烈な光と熱を放つ大量破壊兵器が登場する。
さらに聖書の創世記では神の怒りに触れた町
「ソドム」と「ゴモラ」が一瞬にして灰と化すシーンもある。

これらの文献、そして遺跡に残された核戦争の面影は、
我々に一体何を語りかけているのだろうか。
人類は既に一度、いや幾度にも渡って核爆弾で滅びているのだろうか。


◆世界に残る古代核戦争の痕跡/X51.ORG
http://x51.org/x/04/03/0944.php より抜粋編集


関連記事
 

フリーエリア

検索フォーム

フリーエリア

プロフィール

Nada

Author:Nada
オカルト・陰謀論・不思議などに興味があります。主にD.アイク氏、無明庵EO氏などに影響を受けてます。
個人ブログhttp://blog.livedoor.jp/siest/

フリーエリア2